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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)5229号 判決 1988年2月24日

原告

有里明

右訴訟代理人弁護士

宮地光子

村本武志

松田繁三

安達徹

原田次郎

被告

東亜実業株式会社

右代表者代表取締役

吉川和邦

被告

吉川和邦

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金五七万七五〇〇円及びこれに対する昭和六一年九月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東亜実業株式会社は、原告に対し、別紙約束手形目録4ないし60記載の約束手形五七通を引渡せ。

三  被告東亜実業株式会社は、原告に対し、別紙約束手形目録4ないし60記載の各約束手形の引渡不能のときは、引渡不能の手形について同目録額面欄記載の各金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

六  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金七七万七五〇〇円及びこれに対する昭和六一年九月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  主文第二、第三、第五項と同旨

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、被告東亜実業株式会社(以下「被告会社」という。)から土地を買受けた当時二一歳の会社員であり、被告会社は、不動産の売買・仲介等を業とする株式会社であって、被告吉川和邦(以下「被告吉川」という。)は、その代表取締役である。

2  本件売買契約締結の状況

(一) 原告は、昭和六〇年九月一日、被告会社から、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を左の約定で買受けた(以下「本件売買契約」という。)。

(1) 代金 二二五万円(但し、手付金一〇万円を除いた二一五万円については、割賦払とし、利息八六万円を加えた計三〇一万円を分割して支払うというものであり、右利息を加えた代金総額は計三一一万円となる。)

(2) 手付金 一〇万円

(3) 登記費用 七万五〇〇〇円

(4) 支払方法 六〇回分割弁済 昭和六〇年一一月から昭和六一年一〇月まで

七月末日及び一二月末日限り 各一二万円

右を除く毎月末日限り 各二万円

昭和六一年一一月から昭和六五年一〇月まで

毎年七月末日及び一二月末日限り各一三万七〇〇〇円(但し、昭和六一年一二月は一三万一〇〇〇円)

右を除く毎月末日限り 各三万七〇〇〇円

(二) 原告が本件売買契約を締結した状況は、次のとおりである。

(1) 原告は、昭和六〇年八月三〇日、原告会社従業員天野かざり(以下「天野」という。)から電話で、アンケート調査のために会いたいとの申入を受けて、これに応じ、同月三一日、自宅付近の喫茶店で、右天野と被告会社従業員竹下令子(以下「竹下」という。)に会った。その際、天野と竹下は、原告に対し、「貯蓄に関心があるか。土地・金・株式に興味があるか。」等利殖に関する質問をしたうえ、「この中では土地が投資として一番安全・確実である。銀行の金利は低下しているが、土地は値下りすることはない。土地を持っていれば、銀行に預けておくよりも確実にもうかる。」などと言って、投資の対象としての土地の有利性を強調し、さらに「被告会社の方で東条湖ランド付近によい土地を販売しているので見に行かないか。」と誘った。

(2) 原告は、同年九月一日、先の二人及び被告会社従業員大宮和治(以下「大宮」という。)の案内で、自動車に同乗して現地に赴いたところ、右大宮は、最初に、東条湖ランド付近の本件土地以外の住宅地数か所を原告に見せて廻り、「最近は、こういう郊外に家を建てる人も増えてきて、実際に住んでいる人もいる。」などと説明したうえ、最後に本件土地付近へ行った。大宮らは、そのあと、原告を東条湖ランド付近の旅館に連れて行き、食事を提供したうえ、原告に対し、「社町は町を挙げて五か年計画を行っており、工業団地、学園施設などが徐々にできてくるし、東条湖ランドにも近いので、いずれ千里ニュータウンのようになる。本件土地もそれにつれて値上りすることは間違いない。住まなくても持っていれば銀行預金よりも確実にもうかる。」と投資対象としての土地の有利性を説明し、また、「遅くとも一年位後には、本件土地を被告会社の方で転売してやる。転売の申出があってから二、三か月で転売できる。」と説明し投資資金の回収の容易性を強調して、原告を安心させるとともに、「本件土地の付近は通常一坪あたり一四万円ないし一五万円で売られているのを一坪あたりわずか七万五〇〇〇円で販売している。」と本件売買契約の有利性を強調した。

(3) 大宮らは、原告が購入意思を示すや、本件売買契約の契約書に署名させたが、その際、原告は、右契約書中の重要事項告知書に記載された立会取引主任者「佐々木彰」から右書面記載事項につき何の説明も受けていないし、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)三七条の二に基づく契約解除権(以下「クーリングオフ権」という。)の存在、行使の方法についても、書面はもちろん口頭での説明も受けていない。原告は、その後被告会社従業員国本義己(以下「国本」という。)と銀行へ行き、被告会社に対し、前記2の(一)の各分割金の支払のため、各弁済期日を満期とし、各分割金額を額面とする別紙約束手形目録1ないし60記載の手形(以下「本件各手形」という。)を振出し、交付した。

3  本件売買契約勧誘の違法性及び右契約の暴利行為性

(一) 本件売買契約勧誘の違法性

(1) 重要事項の告知義務違反

宅建業法四七条は、不動産取引に際し、宅地建物取引業者に対して重要事項の告知義務を負わせているが、その告知義務の範囲は、消費者保護の観点から、取引の性質に則して条理上決定されるべきものであるところ、本件売買契約は、投資目的でなされており、具体的な土地の個性ではなく、その有する客観的取引価値(時価)と将来の換価価値との差益の存在に着目してなされた取引であるから、業者の本質的義務として、契約締結に際し、土地の正常価格(時価)と、将来の換価価値との差益取得の根拠となる価格上昇要因につき合理的な根拠を示して説明すべきことが要求される。本件で、被告会社の大宮らは、本件土地周辺の取引価格が一坪あたり一四万円ないし一五万円もしないことを知りながら前記2の(二)の(2)のように、原告に対し本件土地付近の価格につき虚偽の説明をした。

(2) 値上りの確実性についての虚偽説明

被告会社の大宮らは、本件土地の値上りの可能性について前記2の(2)のような説明をしたが、しかし、社町の五か年計画、工業団地、学園施設などが、仮にできたとしても、右はいずれも本件土地からはかなり離れたところでのことであり、また進出した企業の従業員は、その大半が地元採用であり新規住宅需要の要因とはならず、またその余の従業員についても、社町が住宅用地を整備しているため供給宅地が不足するような状況はほとんど考えられないから、右のような計画等が本件土地付近の将来の需要増加をもたらす要因になるとはいえない。したがって、右計画等の実現は、本件土地の地価上昇には全く影響がなく、大宮らが転売してやるといった、本件土地の取得時点から一年後においても、本件土地価格は、原告の本件土地購入価格にも到達する可能性が全くなかったものであるにもかかわらず、大宮らは、本件土地の値上りの確実性について、前記2の(二)の(2)のように虚偽の説明をして、本件土地につき銀行金利以上の確実な利益を保証した。

(3) 転売約束の欺罔性

被告会社の大宮らは、本件土地は、一坪あたり七万五〇〇〇円という正常価格をはるかに超える高い取引価格が設定されているため、買手がつかないことは明らかであり、また、現在でも赤字である被告会社の資力からして、被告会社においては、当初から本件土地を転売する意思が全くないにもかかわらず、前記2の(二)の(2)のように、それがあるかのように装い、原告を欺罔した。

(二) 本件売買契約の暴利行為性

本件土地は、東条湖畔の急勾配で、車両通行不可能な道路を申し訳程度にとりつけた極めて粗雑な分譲地であり、正常価格は二二万円(一坪あたり約七三〇〇円)であるのに、被告会社は、原告に対しこれを一〇倍以上の代金二二五万円(一坪あたり七万五〇〇〇円)で販売した。このような本件土地の売買価格と時価との格差は、取引におけるいわゆる駆引の範囲を逸脱したものである。そして、被告会社は、本件売買契約に際し、原告が過去不動産取引の経験がなく、地価の原状及び将来の変動予測に関する知識・経験に欠けることにつけ込み、情を知らない原告に対し、右のような暴利行為を行ったものである。

4  被告らの責任

(一) 被告会社の責任

右2、3のように、被告会社は、会社組織として本件売買契約にあたり詐欺行為、暴利行為等の違法行為を行っており、右行為は原告に対する不法行為である。

(二) 被告吉川の責任

被告吉川は、被告会社の代表取締役として会社の業務全体を掌握し、従業員を指揮監督する立場にあるうえ、善良なる管理者の注意義務をもって被告会社の業務執行の意思決定に関与すべき地位にある者であり、被告会社と取引する者をして不当に損害を与えないようにする業務上の注意義務があるところ、被告会社従業員らをして巧みな言辞を弄し、暴利で本件土地を原告に売込ませるべく組織的・計画的に実行したものであって、右業務上の注意義務に著しく違反し、原告に対し、損害を与えたものであるから、商法二六六条ノ三に基づく責任及び民法七〇九条、七一五条に基づく不法行為責任を負う。

5  本件売買契約のクーリングオフ権による解除

(一) 本件土地は、地目は山林であるが、区画割あるいは分譲価格からして建物の敷地に供される土地と考えられ、その販売にあたっては、購入者に対し宅建業法三七条の二に規定するクーリングオフ権の存在及びその行使方法につき書面を交付して告知すべきところ(宅建業法施行規則一六条の六)、被告会社は、原告に対し、右告知をしていない。

(二) 原告は、昭和六一年二月一九日、被告に対し、書面でクーリングオフ権に基づく本件売買契約解除の意思表示をした。

6  本件売買契約の詐欺による取消あるいは公序良俗違反

(一) 被告会社は、本件売買契約の勧誘にあたり、前記2の(二)のように、原告に対して、本件土地につき、虚偽の価格を告げ、値上りの可能性がないにもかかわらず、銀行金利以上の確実な利益を保証し、さらに転売する意思が全くないにもかかわらず、これがあるかのように装って、原告を欺き、その旨誤信させて本件売買契約を締結したものである。

(二) 原告は、被告会社に対し、昭和六二年九月二二日付準備書面により、詐欺を理由に、本件売買契約を取消す旨の意思表示をし、右書面は、同月二六日、被告会社に送達された。

(三) 本件売買契約は、前記3の(二)のように暴利行為であるから、公序良俗に反し、無効である。

7  原告の被った損害及び被告会社の原状回復義務

(一) 原告は、被告らの前記共同不法行為により、以下の損害を被った。

(1) 財産的損害

原告は、本件売買契約の手付金として一〇万円、登記費用として七万五〇〇〇円を支払ったほか、右売買契約の残代金支払のため振出した本件各手形のうち、期日の到来した別紙約束手形目録1ないし3記載の各約束手形の手形金計一六万円を支払い、以上合計三三万五〇〇〇円相当の損害を被った。

(2) 慰謝料

原告は、被告らの違法な取引勧誘行為により本件売買契約に引入れられたばかりか、毎月の分割代金の支払を余儀なくさせられて、精神的苦痛を被っている。右精神的被害を金銭に見積ると二〇万円を下らない。

(3) 弁護士費用

原告らは、前記不法行為による責任を回避して誠意ある態度を示さなかったため、原告は、やむをえず本件訴訟の提起・追行を本件訴訟代理人に委任し、弁護士費用として二四万二五〇〇円の支払を約した。

(二) 被告会社は、前記5のクーリングオフ権の行使による本件売買契約の解除あるいは前記6の本件売買契約の詐欺による取消ないしは公序良俗違反による無効に伴う原状回復義務として、原告に対し、原告が右契約の履行として被告会社に給付した右(一)の(1)の金員及び未だ決済されていない別紙約束手形目録4ないし60記載の各約束手形(以下「本件未決済手形」という。)の返還義務を負い、右各手形の引渡不能のときは、それに代えて、右各手形の額面相当金額(合計二八五万円)の支払義務を負う。

8  よって、原告は、原告ら各自に対し、共同不法行為による損害賠償請求として、前記7の(一)の(1)ないし(3)の合計七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年九月二四日付請求の趣旨変更の申立書送達の日の翌日である同月二五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告会社に対しては、選択的に、本件売買契約の解除、取消あるいは無効による原状回復請求として、前記7の(一)の(1)の三三万五〇〇〇円及びこれに対する前同遅延損害金の支払並びに本件未決済手形の引渡を求めるとともに、右各手形の引渡不能のときは、引渡不能の手形につきその額面金額(合計二八五万円)の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)(1)  同2(二)(1)の事実中、投資の対象としての土地の有利性を強調したことは否認し、その余の事実は認める。

(2) 同2(二)(2)の事実中、被告会社の大宮が、原告を現地に案内したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同2(二)(3)の事実中、本件売買契約の契約書が作成されたこと及び原告が本件各手形を振出したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3、4の事実及び主張は争う。

4(一)  同5(一)の事実は否認する。

(二)  同5(二)の事実は認める。

5  同6、7の事実及び主張は争う。

三  被告らの反論

1  被告会社の勧誘行為の違法性について

本件売買契約は、通常の土地取引契約であり、被告会社が一定の利益を保証したり、転売約束をしたりした事実はなく、原告も通常の土地取引であることを十分了解して本件売買契約に応じたものである。

2  クーリングオフについて

原告は、本件売買契約に際し、クーリングオフ権の存在及び行使方法につき、被告会社から口頭で説明を受けているし、代金支払についても、五年間毎月六〇回払の説明を受けて了解していたものである。そして、原告は、昭和六〇年一〇月二四日に手付金一〇万円、登記費用七万五〇〇〇円を支払ったほか、本件各手形のうち、一回目から三回目までの手形(合計一六万円)を決済しており、原告の本件土地購入意思は明確かつ安定したものであった。したがって、原告の契約解除の意思表示は、クーリングオフ権の告知により五日間を経過した後のものであり、また、既に、昭和六〇年一一月一二日に本件土地の所有権移転登記は完了し、引渡もなされているので、右解除は、著しく取引の安全を害し無効である。

3  本件取引の暴利行為性について

原告に対する本件土地の売値(一坪あたり七万五〇〇〇円)は、被告会社の本件土地仕入価格、一坪あたり二万四五〇〇円に、諸経費一坪あたり約二万六〇〇〇円を加算した原価である一坪あたり約五万円に、一坪あたり二万五〇〇〇円の被告会社の利益を見込んだものであって、決して不当な価格ではなく、通常の土地売買価格である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二原告が昭和六〇年九月一日、被告会社との間で本件売買契約を締結したことは当事者間に争いがない。

2 本件売買契約締結に至る経緯及び本件土地の状況

<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和六〇年八月当時、兵庫県伊丹市内の機械会社に勤務している二一才の会社員であり、被告会社は、宅地建物取引業の免許を取得して不動産(土地)の販売を行い、同月当時、三〇人ないし四〇人の従業員(うち、約三分の一がアルバイト)を使用していたものであり、被告吉川は、被告会社設立当初から同社の代表取締役として、同社の不動産販売の事業を推進してきたものである。原告は、昭和六〇年八月三〇日、被告会社従業員天野(二〇才位の女性)から、電話で翌日アンケート調査のために会いたいとの申入を受けて、これを承諾し、同月三一日自宅付近の喫茶店で天野と被告会社従業員竹下(二四、五才の女性)と会った。その際、天野と竹下は、原告に対し、貯蓄についての話題を出し、土地、金、株式の三つを挙げ、土地が一番安全確実で、値下りすることはないこと、現在銀行金利が非常に低下しているが、土地を持っていれば銀行に金を預けておくよりも確実にもうかることなど、土地が利殖の対象として最も有利である旨の話をし、さらに被告会社の方で東条湖ランド付近によい土地を販売している旨告げて、現地を見に行くよう誘ったので、原告は、翌日が休日でもあり、ドライブしようという軽い気持でこれに応じた。

(二)  原告は、同年九月一日前記天野の他に被告会社従業員大宮と三橋厚子とともに大宮運転の自動車に同乗して現地に赴いたところ、大宮は、最初に東条湖ランド付近で、実際に民家が散在する住宅地三か所位を原告に見せて廻り、最近、こういう郊外にも家が建てられるようになり、実際住んでいる人もいることなどを説明し、大阪府の千里ニュータウンの例などを引合に出して、将来の発展可能性を宣伝したあと、本件土地付近に赴いた。

(三)  本件土地は、社町と東条町の町境に近い、東条湖の最北部の湖岸周辺に位置するが、その現況は、県道から東条湖畔にかけての約三〇度の急勾配の山林の中にとりつけた簡易舗装道路(無造作にコンクリートを流し込んだだけのもので幅3.5ないし四メートル)を約三〇メートル東側へ下った、右道路の北側の勾配約四五度の崖地であり、下刈だけはすませた程度で樹木は残っており、雍壁や溝もなく、電気・水道等の引込もない土地であり、被告会社が分譲販売していたその周辺の土地(以下、本件土地及びその周辺の被告会社の分譲地を「本件分譲地」という。)も同じような状況であって、そのままでは家は建てられず、家を建てるためにはかなりの費用をかけての造成工事が必要な状況であった。

(四)  原告は、このような本件分譲地の現況をみて、当初は、これを購入する意思はなかったが、同行した被告会社の大宮から、本件分譲地は、湖に面して見晴しがよく、東条湖ランドに近く別荘地に適すること、本件分譲地付近は、一坪あたり一四万円ないし一五万円で売られているのを、被告会社ではその半分位の価格で販売していること、本件分譲地の所在する社町は、町を挙げて五か年計画を行っており、これに伴って工業団地や学園都市なども徐々にできてくるので本件分譲地も値上りすることは間違いなく、将来それを転売すれば、その間資金を銀行に預金するよりも確実にもうかること、右転売は、遅くとも一年位後には可能であるうえ被告会社の方で顧客からの申出後二、三か月以内に責任を持って行うことなどの説明を受け、さらにそのあと案内された東条湖ランド付近の旅館の一室で、昼食をとりながら、再度大宮から、約一時間にわたって本件土地の販売価格が安価なこと、値上りが確実なこと、被告会社の方で一年経てば責任を持って転売することなどを繰返し説明され、銀行の金利が下っている中、土地は安全、確実、有利であること、こういう機会はめったになく、チャンスである等として強く勧誘され、その代金の支払方法についても、毎月二万円ずつでよい旨告げられるに及んでみずからは本件分譲地を利用する意思は全くなかったものの、それを購入しておけば、将来、少なくとも銀行金利以上の利益は期待できるものではないかとの考えと、それまでの代金支払額も、月二万円程であれば、合計でもたいした金額にはならないこと、さらに、転売についても、不動産業者である被告会社が責任をもつのであれば、心配ないと考え、本件分譲地の中の一区画(本件土地)を購入することとし、その場で不動産売買契約書(甲第一号証)に署名した。なお、本件土地の具体的な所在場所は、本件分譲地の中の一区画であるというだけで、明確に特定してはいなかったが、原告としても、右売買の対象となる区画の指定については、これを被告会社に任せる意思であった。

(五)  本件売買契約締結の際、大宮らは、原告に対し、宅建業法三七条の二、同法施行規則一六条に基づくクーリングオフ権が存在すること及びそれを行使する方法を書面を交付することはもちろん口頭で説明しなかった。

(六)  その後、原告は、被告会社に対し、同年一〇月二四日、本件売買契約の手付金として一〇万円、登記費用として七万五〇〇〇円、以上合計一七万五〇〇〇円を支払い、同年一一月ころ、国本と共に協和銀行尼崎支店に赴き、本件売買代金等の分割支払のため、各月の支払金額の額面とし、各弁済期日を満期とする本件各手形六〇通を被告会社に振出し、交付し、昭和六一年一月末までに支払期日の到来した別紙約束手形目録1ないし3記載の約束手形(額面合計一六万円)については、既に決済を了している。

(七)  被告会社は、本件分譲地の販売にあたっては、いずれも名簿業者より入手した名簿によって選んだ主として二〇歳代の独身男性に対し、まず、若い女子従業員が電話をかけてアンケート調査と称して関心を引き、近所の喫茶店やレストランに呼出し、さらに男子従業員が先の女子従業員といっしょに現地を案内しながら、将来の開発や交通の利便を根拠に「土地を買うことは利殖になる。」、「株や銀行金利に比し、土地は安全、確実、有利で、持っていれば必ず値上りする。」などと説明し勧誘しており、また、代金の支払方法は、分割払であるが、その各月の賦払金は当初は支払いやすく低額とし、二、三年後から増額されることとするが、その間には被告会社が高額で転売できるよう世話することを約して客を安心させ、右賦払金支払のために予め手形を発行させるという方法をとることを常態としていた。

(八)  本件土地の固定資産評価額は、昭和六一年度で六一三〇円(一坪あたり約二〇四円)、昭和六一年七月一〇日現在の不動産鑑定士による評価額は二二万円(一坪あたり約七三二六円)である。また、被告会社従業員の宣伝文句とは異なり、社町では五か年計画というものはなく、三か年を単位として開発計画を立てているものの、年度ごとの具体的な計画が作られているわけではなく、たとえその計画が実施されても、本件土地の価格に影響を及ぼすものではない。しかし、工場用地は既に社町佐保地区に完成しており、当初は富士通ほか二社が工場を進出させる予定であったが、現在までに富士通が系列会社を進出させているだけであり、右会社の従業員は六〇パーセントが地元採用で、それ以外の従業員も会社社宅や社町の建売住宅に居住しているので、従業員の住宅用地に不足が生じるような状況にはないし、将来の交通の利便についても、中国自動車道社滝野インターチェンジ周辺を四車線に拡張する事業や、右自動車道に対する第二インターチェンジの建設などが予定されてはいるが、これらも本件土地の価格に影響を及ぼすものではない。

以上の事実が認められ、証人大宮和治の証言及び被告吉川本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三本件売買契約のクーリングオフ権による解除

1 前記二の2に認定の事実からすれば、本件売買契約は、宅地建物取引業者たる被告会社が自ら売主となる土地の売買契約で、被告会社の事務所等以外の場所において契約が締結されたものであって、その目的物たる本件土地は区画割がなされ、これに出入するための道路が造られ、別荘用地として販売されていたのであるから、宅建業法三七条の二第一項の適用があるところ、原告は、同条項に基づくクーリングオフ権の存在及びその行使の方法について、被告会社従業員から書面の交付による告知を受けていないからクーリングオフ権により本件売買契約を解除することができるというべきである。そして、原告が、昭和六一年二月一九日、被告に対し、書面でクーリングオフ権に基づく本件売買契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがないので、本件売買契約は、右同日限り、解除により終了したものというべきである。

2  したがって、被告会社は、原告に対し、契約解除による原状回復として、その受領した本件売買契約の手付金一〇万円及び右売買残代金の履行として支払を受けた別紙約束手形目録1ないし3記載の各手形の手形金計一六万円、以上合計二六万円並びに右残代金支払のため振出交付を受けた本件未決済手形五七通の返還義務を負うことは明らかであり、また、右各手形の引渡不能のときは、その額面相当金額(合計二八五万円)の支払義務を負うというべきである。

四被告らの不法行為責任

1 そこで、本件売買契約勧誘行為の違法性の有無について判断する。

前記二の2に認定の事実によれば、被告会社の従業員が原告に対して行った勧誘行為は、一方で本件土地を別荘用に適する土地であるとしながら、これを直ちに利用することを目的とせず、近い将来の土地値上りによる転売利益取得を主たる目的として、その購入をすすめたものであるが、その転売利益取得の可能性について、本件土地の評価額は実際には二二万円(一坪あたり約七三二六円)程度にすぎないのに、これが一坪あたり一四万円ないし一五万円であるかのような虚偽の説明をして、本件売買代金二二五万円(一坪あたり七万五〇〇〇円)でも時価よりはるかに安いように装っていたこと、さらに、実際は社町の開発計画、工場の進出、交通の利便等はいずれも本件土地の価格に近い将来影響を及ぼす可能性が全くないうえに、本件土地の売買代金額自体が時価より著しく高額で、これ以上の価格に値上りすることは到底考えられないのに、いかにも右事態によって本件土地が一、二年後にも売買価格より大幅に値上りするかの如く断定的な説明をしたこと、また、右のとおり、売買代金額以上の価格で転売することは困難であると思われるのに、一年後の転売を確約して原告に出捐金額の回収が容易であるかのように誤信させたこと、しかも、右勧誘に当っては、ことさら若い独身男性で不動産取引や投資取引に知識・経験がないと思われる者を客として選んだうえ若い女子従業員を使って関心を引き、現地へ案内すると同時に十分な考慮の余裕を与えずに現地に近い旅館等で契約締結に至るまで同様の勧誘説得をくり返していたことなど、不動産取引、投資取引に知識・経験の乏しい原告をして虚偽の説明を誤信させるよう意図的な勧誘方法をとっていたことが認められるのであって、かかる勧誘方法は、不動産業者として許容される顧客獲得のための正常な宣伝、勧誘行為の範囲を著しく逸脱したものであって、違法なものというべきである。

2  被告会社の不法行為責任

前記二の2の事実によると、被告会社従業員は、本件分譲地の販売に際し、原告以外の顧客に対しても、客の選定方法、土地購入の利殖としての有利性、将来の値上り見込、転売利益の確保等の強調による勧誘等同様な営業活動を行っているのであるから、被告会社は、右の違法な勧誘方法による本件分譲地の販売をその営業方針として組織的に行っていたものと推認することができる。したがって、被告会社は、原告に対し、本件売買契約を締結させた行為につき不法行為責任を負うものというべきである。

3  被告吉川の不法行為責任

前記二の2の事実によれば、被告吉川は、被告会社の代表取締役として同社の不動産販売の営業を総括しており、本件売買契約当時三〇人ないし四〇人の従業員を指揮監督して前記のような違法な勧誘方法で本件分譲地を販売することを営業方針として推進して来たものと認められるから、原告に対し、本件売買契約を締結させた行為につき不法行為責任を負うというべきである。

4  そこで、原告が、被告らの不法行為により被った損害について判断する。

(一) 前記二の2の事実によれば、原告は、本件売買契約を締結させられたことにより、支払った手付金一〇万円及び決済済の手形金一六万円並びに右契約に伴って出捐した登記費用七万五〇〇〇円、合計三三万五〇〇〇円相当の損害を被ったものと認められる。

(二)  原告は、被告らの不法行為により精神的苦痛を被ったとして、被告らに対し二〇万円の慰謝料を請求するが、原告は、本件売買契約の解除による原状回復として振出手形の返還(返還不能の場合は代償としての損害賠償)を受けるほか、不法行為による損害賠償として登記費用等財産上の損害がすべて償われることによって、本件売買契約によって生じた精神上の苦痛も慰藉されると考えられ、原告に右財産上の損害の回復によってなお慰藉されない精神上の苦痛があるとまで認めるに足る特段の事情は存しないから、右請求は理由がない。

(三)  原告が被告らに対して前記不法行為による損害として賠償を求めうる弁護士費用は、被告らの不法行為の態様、本件訴訟の経過及び認容額に照らすと二四万二五〇〇円とするのが相当である。

5  したがって、被告らは、各自、原告に対して不法行為によって原告が被った損害として五七万七五〇〇円の支払義務がある。

五以上の次第で、被告会社は、原告に対し、本件売買契約の解除に伴う原状回復として本件未決済手形の返還義務並びに右各手形の引渡不能のときはその額面相当金額(合計二八五万円)の支払義務を負うとともに、被告らは、各自、不法行為による損害賠償として五七万七五〇〇円及び右各金員に対する不法行為の日の後である昭和六一年九月二五日(同月二四日付請求の趣旨変更の申立書送達の日の翌日)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原告の請求は主文第一ないし第三項掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官及川憲夫 裁判官徳岡由美子)

別紙物件目録

所在 兵庫県加東郡社町下鴨川字西山

地番 六〇二番二四三

地目 山林

地積 九九平方メートル

別紙約束手形

目録<省略>

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